●舞台から・・・
舞台から降りるときの姿ほど切なくて美しいものはない。
井上選手の敗戦後の笑顔がなんともいえない感動を誘いました。
素晴らしい柔道家の引き際は語り続けられることでしょう。
北京五輪開幕100日前を迎える直前に、柔道の申し子・井上康生(29)=綜合警備保障=が五輪への道を断たれた。体重無差別で実力日本一を争う大会の4回戦で、高井洋平(25)=旭化成=に得意の内またをすかされ、そのまま横四方固めに抑え込まれて一本負けした。準決勝で待っていた最大のライバル・鈴木桂治(27)=平成管財=にもたどり着けなかった。シドニー五輪金メダルなど数多くの金字塔を打ち立てた平成最強の柔道家は、このまま引退し、指導者の道を歩む意向だ。決勝は3年連続で同じ顔合わせになり、鈴木を破って優勝した石井慧(21)=国士舘大=が、選考レース大逆転で五輪代表に決まった。
残り10秒、「得意技で投げたい」。康生の柔道人生すべてをかけた、代名詞の内またがさく裂…したかに見えた。しかし、間一髪の差ですかされた。逆に畳に転がされて、痛恨の技あり。そのまま横四方固めに。25秒後、日本一への、北京への挑戦、そして25年間の柔道人生の、あらゆる終わりを告げるブザーが武道館に鳴り響いた。
試合後の康生の表情は、すべてを悟ったかのようにすっきりしていた。「一本を狙っていたので、悔いはないです。涙は今日は出ないですね」。すべての結末を受け入れた。
04年にアテネ五輪惨敗、さらに05年は右大胸筋を断裂。その年の12月26日、宮崎にいる父・明さんに電話を入れた。「お父さん、もう一度僕の柔道を見てください。先生、お願いします」。父から師匠の関係に、時にはげんこつをもらう仲に戻った。何度も地獄へ落とされた。そしてたどり着いたのは、開き直りの境地。「やられても前へ行こうという気持ちです」。負けたけれど、最後の試合は自分にとって納得できるものだった。
日本の最高峰の大会で敗れ、五輪の道も閉ざされた。明言は避けたが、この大会を最後に引退するのは確実。今後は数年間、英国に留学し、指導者としての道を歩みたい考えだ。
閉会式後、満員の武道館から送られた「コウセイ」コールに笑顔で手を振った。ファン、そして家族−世界中からの愛に包まれ、静かに畳を下りた。
(川村庸介)


