2008年06月28日

●順調

順調のようで何よりです。



 【ヒューストン27日共同】米大リーグは27日、交流戦などを行い、レッドソックスの松坂がアストロズ戦で復帰2度目の先発登板した。1回を3者三振の好スタートで5回2安打無失点で勝ち投手の権利を保持して降板した。7回を終えレッドソックスが4−0でリード。

 左ふくらはぎ痛で2試合続けて欠場していたカブスの福留は、大リーグ移籍後初めて「指名打者」で出場。4打数2安打で打率を3割1厘とした。レイズの岩村は5打数2安打だった。

 左ひざ痛で2試合連続欠場していたヤンキースの松井秀は、故障者リスト入りした。

 マリナーズはパドレス戦。イチローは「1番・右翼」で第1打席は右飛、城島は「6番・捕手」で先発。フィリーズの田口は先発を外れた。


2008年06月27日

●それだけ

それだけスポーツ選手は体を酷使しているってことですよね・・・。



【ピッツバーグ(米ペンシルベニア州)25日(日本時間26日)】ヤンキース松井秀喜外野手(34)が首脳陣から「練習禁止」を命じられた。左ひざ痛に加え、首の張りのためにパイレーツ戦を2試合連続欠場。試合前の練習も「トレーナーから(全体練習に)『行くな』と言われた。完全に休ませたかったと思う」と説明し、今季初めて不参加。屋内練習場での打撃練習も行わずに完全休養となった。

 試合前の全体練習に、松井の姿はなかった。「ちょっとはよくなっていると思いますよ。腫れも、痛みも、ちょっとはよくなっている」。左ひざ痛に加えて首痛、どちらも症状としては徐々にだが回復に向かっている。それでも首痛の影響からバットを満足に振ることができず、左ひざもテーピングで固定されているため、全力で走ることは難しい。普段の歩行でも無意識に左足を引きずっている。

 この日も球場には他の選手よりも1時間早く入り、治療に時間を費やした。試合中もほとんどベンチに姿を現さなかった。アイシングや保温などでひざ周辺の血流をよくし、腫れを抑え、痛みをやわらげる治療を続けていたとみられる。「休む方が大事。また悪くなったらその方がよくない」と話したが、症状が急激に回復することは難しく、長期的な治療をするしかない。

 ここ数年はけがに泣かされ続けてきた。それだけにプレーに対する思いは誰よりも強い。「試合に出たい思いを抑えて、(全力でプレーが)やれる時に頑張るしかない」と自分に言い聞かせるように話す。ジラルディ監督は「休ませて、明日どういう状態になるか見てみようということ。交流戦の期間を使って様子を見ればいい」と慎重に起用することを強調した。パイレーツ、メッツ戦と続く交流戦はDHが使えないため出場は厳しくなる。当面は治療に専念するしかない。

 [2008年6月27日8時20分 紙面から]


2008年06月25日

●みんなに

みんなに愛されていましたね・・ジーコ監督。



【リオデジャネイロ=井上茂男】ブラジル訪問中の皇太子さまは24日、元サッカー日本代表監督のジーコさん(55)ら、ブラジルの著名スポーツ選手や文化人と懇談された。

 ジーコさんが「日本で過ごした15年間は幸せな時間でした」「日本の選手はまじめで、監督は楽でした」と述べると、皇太子さまは「大変うれしく思います」と応じられた。

 懇談後、ジーコさんはインタビューに応じ、「皇太子さまの訪問で、日本で働く日系人も頑張ろうという気持ちになると思う」とし、日本のサッカーについては「再びワールドカップに出られるように応援している。岡田監督に頑張ってと伝えてほしい」と述べた。

(2008年6月25日12時21分 読売新聞)


2008年06月24日

●バチが当たる

バチが当たると思うんでしょうかね〜。あまり笑えない話ですが。



“サッカーの王様”として知られる元ブラジル代表のペレ氏(67)が、同国サンパウロ州内を自動車で移動中に、約10人の武装した集団に囲まれ、腕時計などを奪われた。地元メディアが23日までに報じた。ペレ氏に気付いた一部の犯人は、運転手から奪った物を返したが、ペレ氏の品々は持って逃走した。

 ペレ氏が強盗に遭ったのは今月13日(現地時間)。サンパウロから自宅がある沿岸部のグアルジャに帰宅途中、乗っていた自動車を若者約10人の集団が取り囲んだ。若者たちはペレ氏と運転手に銃やナイフを突きつけ、携帯電話や金のネックレス、腕時計などを奪って逃走した。

 助手席に座っていたペレ氏と運転手にケガはなかった。乗っていたのはオペルのミニバン「ザフィーラ」で、防弾仕様ではない。AP通信によると、ペレ氏は警察に被害を届けていない。

 22日付の地元紙エスタド・ジ・サンパウロによると、運転席側にいた数人は、助手席にいるのが“王様”だと気付き、運転手には奪った物を返した。しかし、ほかの犯人は気付かなかったようで、ペレ氏の品物はそのまま持って逃げた。

 一方で、ニュース誌ベジャ(電子版)は、犯人たちが車に近づいてきた時に、ペレ氏が車の窓を開けて自分が誰かを告げたが、それにもかかわらず物などを奪われたと伝えている。

 現場は「ファベーラ」と呼ばれるスラム街の近くで、トンネルの入り口近くを走行中に集団に車を止められたという。この付近では、特に渋滞している時などに、同様の手口の強盗事件が頻発している。

 ペレ氏は99年10月にもサンパウロ市内で自動車に乗っていたところ、強盗に狙われた。しかし、犯人が後部座席に座っていたペレ氏に気づき、「失礼しました」と平謝りして何も取らずに退散。この前月に同じく元ブラジル代表のロマーリオ(42)が自動車強盗に遭い、犯人はロマーリオと認識してもひるまなかったことから、「さすがペレ」「格が違う」と報じられ、あらためて国民的な人気を証明した。

 ≪バナナシュート編み出した王様≫ペレ氏は1940年10月23日、ブラジル・ミナス州生まれ。本名はエドソン・アランテス・ド・ナシメント。サッカー選手だった父親の影響もあり幼少期から才能を見せ、14歳でユースデビュー。56年にFCサントス入り、16歳で代表入りした。58年のW杯スウェーデン大会に当時史上最年少の17歳8カ月で初出場し、ハットトリックを決めて優勝。70年メキシコ大会まで4大会連続出場、3度の優勝に貢献した。

 75年に北米リーグのニューヨーク・コスモスに移籍し、77年引退。生涯の通算ゴール数1289という記録を打ち立てた。強力なカーブを描く「バナナシュート」もペレが初めて披露。FIFA(国際サッカー連盟)の20世紀最優秀選手に選ばれた。

 米映画「勝利への脱出」(80年)ではシルベスター・スタローン(61)と共演。95年から3年間、ブラジルのスポーツ大臣を務めた。2014年W杯ブラジル大会の組織委員会に入っている。

[ 2008年06月24日 ]