2008年06月25日

●みんなに

みんなに愛されていましたね・・ジーコ監督。



【リオデジャネイロ=井上茂男】ブラジル訪問中の皇太子さまは24日、元サッカー日本代表監督のジーコさん(55)ら、ブラジルの著名スポーツ選手や文化人と懇談された。

 ジーコさんが「日本で過ごした15年間は幸せな時間でした」「日本の選手はまじめで、監督は楽でした」と述べると、皇太子さまは「大変うれしく思います」と応じられた。

 懇談後、ジーコさんはインタビューに応じ、「皇太子さまの訪問で、日本で働く日系人も頑張ろうという気持ちになると思う」とし、日本のサッカーについては「再びワールドカップに出られるように応援している。岡田監督に頑張ってと伝えてほしい」と述べた。

(2008年6月25日12時21分 読売新聞)


2008年06月24日

●バチが当たる

バチが当たると思うんでしょうかね〜。あまり笑えない話ですが。



“サッカーの王様”として知られる元ブラジル代表のペレ氏(67)が、同国サンパウロ州内を自動車で移動中に、約10人の武装した集団に囲まれ、腕時計などを奪われた。地元メディアが23日までに報じた。ペレ氏に気付いた一部の犯人は、運転手から奪った物を返したが、ペレ氏の品々は持って逃走した。

 ペレ氏が強盗に遭ったのは今月13日(現地時間)。サンパウロから自宅がある沿岸部のグアルジャに帰宅途中、乗っていた自動車を若者約10人の集団が取り囲んだ。若者たちはペレ氏と運転手に銃やナイフを突きつけ、携帯電話や金のネックレス、腕時計などを奪って逃走した。

 助手席に座っていたペレ氏と運転手にケガはなかった。乗っていたのはオペルのミニバン「ザフィーラ」で、防弾仕様ではない。AP通信によると、ペレ氏は警察に被害を届けていない。

 22日付の地元紙エスタド・ジ・サンパウロによると、運転席側にいた数人は、助手席にいるのが“王様”だと気付き、運転手には奪った物を返した。しかし、ほかの犯人は気付かなかったようで、ペレ氏の品物はそのまま持って逃げた。

 一方で、ニュース誌ベジャ(電子版)は、犯人たちが車に近づいてきた時に、ペレ氏が車の窓を開けて自分が誰かを告げたが、それにもかかわらず物などを奪われたと伝えている。

 現場は「ファベーラ」と呼ばれるスラム街の近くで、トンネルの入り口近くを走行中に集団に車を止められたという。この付近では、特に渋滞している時などに、同様の手口の強盗事件が頻発している。

 ペレ氏は99年10月にもサンパウロ市内で自動車に乗っていたところ、強盗に狙われた。しかし、犯人が後部座席に座っていたペレ氏に気づき、「失礼しました」と平謝りして何も取らずに退散。この前月に同じく元ブラジル代表のロマーリオ(42)が自動車強盗に遭い、犯人はロマーリオと認識してもひるまなかったことから、「さすがペレ」「格が違う」と報じられ、あらためて国民的な人気を証明した。

 ≪バナナシュート編み出した王様≫ペレ氏は1940年10月23日、ブラジル・ミナス州生まれ。本名はエドソン・アランテス・ド・ナシメント。サッカー選手だった父親の影響もあり幼少期から才能を見せ、14歳でユースデビュー。56年にFCサントス入り、16歳で代表入りした。58年のW杯スウェーデン大会に当時史上最年少の17歳8カ月で初出場し、ハットトリックを決めて優勝。70年メキシコ大会まで4大会連続出場、3度の優勝に貢献した。

 75年に北米リーグのニューヨーク・コスモスに移籍し、77年引退。生涯の通算ゴール数1289という記録を打ち立てた。強力なカーブを描く「バナナシュート」もペレが初めて披露。FIFA(国際サッカー連盟)の20世紀最優秀選手に選ばれた。

 米映画「勝利への脱出」(80年)ではシルベスター・スタローン(61)と共演。95年から3年間、ブラジルのスポーツ大臣を務めた。2014年W杯ブラジル大会の組織委員会に入っている。

[ 2008年06月24日 ]


2008年06月23日

●いい関係

金本選手と新井選手の関係って楽しそうですね。



「阪神5-3日本ハム」(22日、甲子園)

 アニキ劇場で交流戦を締めた。金本知憲外野手(40)が二回、先制の12号ソロを放つと、同点にされた直後の四回には、2打席連続の13号勝ち越し2ラン。岡田阪神は15勝9敗で交流戦日程を終了して2位。優勝はならなかった。それでも大混戦の中、最後の最後まで見せ場をつくってくれた。

  ◇  ◇

 スポットライトは、1人の男に注がれた。聖地に詰めかけた4万3524人の歓声を一身に受け、誇らしげにお立ち台に上がる。奇跡を信じて、一丸野球で戦った一戦。主役はもちろん金本知憲、猛虎の4番だった。

 「尊敬する新井選手がヒットを打たれて、一塁ベース上から『金本さん、打たないとシバキますよ!』というアピールがあったので、怖くて打ちました」

 笑顔で振り返ったのは同点で迎えた四回の第2打席だった。調子を崩していた新井が4試合、実に17打席ぶりの安打をマーク。ここで金本は0-2からの3球目、外角低めの113キロカーブに狙いを定めた。力強く振り抜いた打球は、きれいな弧を描きバックスクリーンへ。今季13本目のアーチは勝負を決める勝ち越し2ランとなった。

 二回の第1打席では左中間スタンドにソロアーチを運び、2打席連続本塁打を記録。1試合2発は07年4月15日の横浜戦(甲子園)以来で、2打席連続となれば05年6月15日の西武戦(インボイス西武)までさかのぼる。さらに甲子園での2打席連続弾は、04年5月27日の横浜戦以来だった。

 ここまで幾多の本塁打を押し戻してきた聖地の浜風が、この日は金本の弾道を後押しした。「久々にホームランの出やすい風だった」と振り返れば、岡田監督も「久しぶりに風が味方したというかな。次どっちに点が入るかというか、1本目もそうやけど、2本目でみんなイケると思った」と絶賛。主砲のアーチを遮るものは何もなかった。

 試合開始直前、新井がユニホームを間違えてベンチ裏へ登場した。すぐ異変に気付いた金本は、ナインに“かん口令”を敷いた。だがこらえきれずに赤星が、金本が大爆笑。岡田監督からも「1人違うの着てたんや。(罰金は)5000万でええで」と冗談が飛び出すなど、前夜の敗戦を引きずらない雰囲気が、チームの快勝の影にあった。

 阪神はこれで交流戦全日程を終了した。金本は打率・407、29打点、7本塁打と、打撃3部門で高い数字をマーク。22日現在、打点部門で1位に輝き、打率&本塁打はいずれも2位の成績だ。

 「7月はたくさん甲子園で試合があるので、この超満員の中でどんどん勝っていきたいですね」と金本。交流戦初Vにはあと一歩、届かなかった。だが悲願のV奪回を目指す戦いは続いていく。28日から再開するリーグ戦を前に、価値のある1勝。つかの間の休息を挟んで秋の美酒に向け、主砲のバットが輝きを増す。


2008年06月21日

●故障前

故障前の波をそのまま引き継ぐことができればよいのですが・・・。
とにかく復活おめでとうですね。



【ボストン20日時事】右肩の張りで故障者リスト(DL)に入っている米大リーグ、レッドソックスの松坂大輔投手は21日(日本時間22日)に当地で行われるカージナルスとの交流戦で先発し、メジャーに復帰する。今季は8勝無敗、防御率2.53の好成績。このまま白星を積み重ねるか、復調ぶりが注目される。 
 5月28日付でDL入りした松坂は復帰に備え、今月16日の傘下3Aの試合で先発登板。投球には本来の切れもあった。松坂は「特別に離れていたわけではないので、普通に試合に入っていけると思う」とした上で、「普段通りに投げること」とテーマを掲げている。
 復帰前日のこの日、松坂は打席に入る次週での交流戦に向け、当地の本拠地球場でフリー打撃などの練習を行った。2本の柵越えも放ち、和やかな表情が続いた。(了)